【小説:小早川秀秋】西軍の四隊 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:小早川秀秋】西軍の四隊

 こう着状態が続く中でも三成は陣中にどっ
しりとかまえ微動だにしない。対する家康は、
陣中をうろちょろして落ち着きがなかった。
「秀忠はまだか。何で誰も動かん」
 秀秋のもとに家康の使者がやって来て家康
の言葉を伝えた。
「秀忠様はただいま関ヶ原へ向かわれていま
すが到着が遅れております。秀秋殿には疑念
がおありのようですが大殿に二心などありま
せん。秀秋殿にはかねてより備前と美作を奉
ずると申していることに偽りなく、早急のご
出陣をお願い申し上げます」
 しばらくすると家康の内情を探っていた小
早川隊の兵卒が秀秋のもとに戻って告げた。
「徳川秀忠殿は上田城攻めにてこずり、現在
は関ヶ原に向かっていますが悪天候で信濃に
足止めされ、到着が遅れています」
 これで秀忠がいないのは家康の策略ではな
いことがはっきりした。
 秀秋は稲葉正成、杉原重治、松野重元、岩
見重太郎、平岡頼勝を前にして言った。
「秀忠は来ない。今、出陣すればふもとで警
戒している大谷隊と正面からぶつかることに
なる」
 皆は秀秋が大谷吉継を兄のように慕ってい
ることを知っていた。
 稲葉は地形図の駒を指差して話した。
「奥平殿からお聞きしたこちらの脇坂殿、朽
木殿、小川殿、赤座殿は家康殿に内通してい
ますから、大谷隊の注意をこちらに向けさせ
れば側面を攻めるのではないでしょうか」
 秀秋の部隊がいる松尾山のふもとで戦って
いる大谷隊の斜め前方には家康に内通してい
るはずの赤座直保、小川祐忠、朽木元綱、脇
坂安治の四隊が東軍の不意打ちを警戒するフ
リをして待機していた。その中でも赤座は秀
秋が以前、越前・北ノ庄に転封になった頃か
らの知り合いで、小川、朽木、脇坂を説得し
て大谷隊を攻撃する機会を狙っていたが大谷
隊の奮戦と威圧でヘビに睨まれたカエルのよ
うにその場を動くことさえできなかった。
 稲葉の考えに岩見は勇猛な武人らしく反論
する。
「あてにならん。戦で信じられるのは己のみ」 
 秀秋が自分の考えを話した。
「四隊は今のままでは動けないだろう。そこ
で、われらは小隊に分かれ一隊ずつ大谷隊の
正面から攻めと退却を繰り返す。そうすれば
大谷隊はわれらの部隊の統率がとれていない
のは俺の力不足と甘く見て追ってくるはずだ。
これで四隊は大谷隊の背後に位置することに
なり動くかもしれん。仮に動かない時のため
に、われらの別部隊を背後に回り込ませれば
どうだ」
 秀秋は合戦を狩りにおきかえて考えていた。
狩りをする時は獲物を追いかけるより、餌で
誘って仕留めるほうが楽だ。
 吉継にとって秀秋は幼い時の未熟さが印象
に残っているはずだから小隊での正面攻撃と
いう無謀な戦い方をすればあなどり、そこに
油断ができる。これで小早川軍が餌になり、
吉継を思い通りの場所に動かすことで赤座、
小川、朽木、脇坂の四隊に仕留めさせようと
考えたのである。
 話しを聞いていた鉄砲頭の松野の顔色がく
もる。
「これでいいのかの。わしは太閤に顔向けで
きん」
 秀秋は忠義心の強い松野の気持ちを察した。
「松野は態度をはっきり決めることのできな
い輝元殿や無謀な戦をする秀家殿、全てを取
り仕切ることのできない三成殿で天下が治ま
ると思うか。この場に秀頼様を連れてこなけ
れば豊臣家とは無関係のただの殺し合いにし
かならない。その秀頼様を西軍は連れて来る
ことができなかった。それにな、太閤は朝鮮
での過ちを繰り返した。それを俺も、ここに
おる全ての者が太閤を止められなかった。三
成殿や吉継殿には才覚がある。その才覚が太
閤によって間違ったことに使われているのを
知っていたはずだ。それでもどうすることも
できないのなら、その才覚はなんの役にもた
たない。だからこうして豊臣家の家臣だった
者たちが不信感を抱き仲間どうしが争うこと
になったのではないのか」
 松野は唇を噛みしめてうなだれた。
 稲葉、杉原、岩見、平岡も不安がないわけ
ではなかった。
 秀秋は皆の思いを汲んで言った。
「たとえこの戦で家康殿が負けても家康殿は
過ちから学んでまた挑んでくる。再び長い乱
世になればそれこそ民衆の心は豊臣家から離
れ後世に恨みを残すだけだ。今ここで戦を治
め乱世を終わらせる道を選べば太閤の名誉も
保つことができよう。それにわれらの勝ち取っ
た領地で太閤の意思を継ぐこともできるので
はないか」
 皆の目に輝きが戻り深くうなずいた。
 秀秋は立ち上がり力強く命令した。
「稲葉、杉原、岩見、平岡は正面から攻めよ。
松野は大谷隊の背後に回れ」
「はっ」
 一同はすばやく散り、部隊を小隊に振り分
けると、それぞれの小隊のかけ声で城内に気
合が入った。